活断層・火山研究部門地質調査総合センター



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地域の情報

宮城県 仙台平野

【宮城県仙台平野で行った調査結果は,2012年 にGeophysical Research Lettersに掲載されました(Sawai et al., 2012).以下に記述する地域の情報は,Sawai et al. (2012)の 解釈に基づくものです.】

 

平成17年度から21年度にかけて,文部科学省の委託事業「宮城県沖地震における重点的調査観測(宮城沖重点)」が行われました.これは,東北大学が中心となった事業で,宮城県沖で発生する地震の観測を重点的に行うというものです.産業技術総合研究所では,その一環として仙台平野周辺に残されている過去の巨大地震の痕跡を調べてきました.

平安時代に編さんされた「日本三代実録」という歴史書によれば,西暦869年に仙台平野の周辺において非常に大きな地震と津波が起きたそうです.この地震と津波は,当時の元号から「貞観地震」あるいは「貞観津波」と呼ばれています.この貞観地震の存在については,地理学者の吉田東伍氏が1906年に指摘していましたが,津波を起こした断層の破壊領域などの実態が不明であることから,地震調査研究推進本部の海溝型地震の長期評価からは外されていました.こうした背景から,私たちは,地質学的な証拠から貞観地震・貞観津波の実態を探ろうとしてきました.

仙台平野では,宮城沖重点が開始される前から,Minoura and Nakaya(1991),阿部ほか(1990),菅原ほか(2001)などが津波堆積物を報告しており,その中の一つが貞観津波によるものと考えられていました.これらの報告は,歴史記録にある巨大津波の地質学的痕跡をつかんだという点で画期的でしたが,そうした堆積物の平面的な広がりを詳細に明らかにできていませんでした.私たちは,浸水範囲を精度よく復元することを目的として,仙台平野全体を網羅するように,海岸から内陸へ向かう測線を設けて調査を行いました.また,津波堆積物の堆積年代を精度よく決定するために,地層抜き取り装置(ジオスライサー)による調査を仙台市と山元町で行いました(Sawai et al., 2012).

津波堆積物の調査結果

仙台市では,浜堤列を横断する2 測線を設け,ジオスライサー等を用いて合計104 地点で掘削調査を行いました.その結果,泥炭層あるいは有機質泥層に挟まれた津波堆積物が最大で7 層確認されました.これらの津波堆積物のうち,十和田a火山灰(西暦915年)の直下にあり(津波堆積物が915年の少し前に堆積した),放射性炭素年代測定によってもその堆積年代が確認されたものを,本データベースでは貞観津波による津波堆積物と認定しました(赤色のマーク).また,十和田a火山灰の下にあるものの放射性炭素年代によって年代を確認していない砂層,層序的な対比によって貞観の津波堆積物と考えられるもの,についてはオレンジ色のマークで示しました.少なくとも,オレンジ色のマークのところまで貞観の津波が浸水していたと考えると,当時の海岸線から2.5-3.0 km以上にわたり津波が遡上したと考えられます.

名取市や岩沼市では,浜堤列を横断する2 測線を設け,合計45 地点で掘削調査を行いました.その結果,泥炭層あるいは泥層に挟まれた津波堆積物が最大で3 層確認され,これらの津波堆積物のうち十和田a 火山灰直下に分布する貞観津波の堆積物は現在の海岸線より約5.0 km の地点まで観察することができました.貞観津波襲来当時の海岸線の位置は,現在の海岸線より1 km 程度内陸に存在していたと推定されることから,貞観津波の遡上距離は少なくとも4 km と考えられました.

亘理町においても浜堤列を横断するような2 測線を設け,合計48 地点で掘削調査を行いました.その結果,泥炭層あるいは有機質泥層に挟まれた津波堆積物が最大で4層確認されました.これらの津波堆積物のうち,十和田a火山灰(西暦915年)の直下にあり,放射性炭素年代測定によってその堆積年代が確認されたもの(赤色のマーク)は,現在の海岸線から約3.5 kmの地点まで確認できました.また,十和田a火山灰の下にあるものの放射性炭素年代によって確認していない砂層,層序的な対比によって貞観の津波堆積物と考えられるもの(オレンジ色のマーク)は,現在の海岸線から約4.0 kmの地点まで確認できました.貞観津波襲来当時の海岸線の位置は,現在の海岸線より1.5-2 km程度内陸に存在していたと推定されることから,少なくともオレンジ色のマークのところまで貞観の津波が浸水していたと考えると,当時の海岸線から2.0 km以上にわたり津波が遡上したと考えられます.

仙台平野南部の山元町では,浜堤を横断する1 測線を設け,合計30 地点で掘削調査をしました.測線上では,泥炭層あるいは有機質泥層に挟まれた津波堆積物が最大で8 層確認されました.これらの津波堆積物のうち,十和田a火山灰(西暦915年)の直下にあり,放射性炭素年代測定によってその堆積年代が確認されたもの(赤色のマーク)は,現在の海岸線から約2 kmの地点まで確認できました.また,十和田a火山灰の下にあるものの放射性炭素年代によって確認していない砂層,層序的な対比によって貞観の津波堆積物と考えられるもの(オレンジ色のマーク)は,現在の海岸線から約3 kmの地点まで確認できました.貞観津波襲来当時の海岸線の位置は,現在の海岸線より1 km程度内陸に存在していたと推定されることから,少なくともオレンジ色のマークのところまで貞観の津波が浸水していたと考えると,当時の海岸線から1 km以上にわたり津波の浸水が遡上したと考えられます.

貞観地震のモデル検討

海域で大規模な地震が発生した場合,海底は急激に隆起あるいは沈降します.この海底の隆起・沈降に伴い,その直上の海水が周囲の海面より持ち上げられ(あるいは落ち込み),海面もまた海底と同様に隆起・沈降します.これが津波のもとになります.その後,隆起した海面は津波となって四方八方に伝播し,その一部が陸に向い,津波の規模が大きければ陸上に浸水します.

貞観地震がどのような地震であったかを検討するため,地震時の海底の隆起・沈降を再現する様々な地震のモデル(断層モデル)を考えました.そして,それらのモデルから計算される津波浸水域と,地質調査により発見された津波堆積物の分布範囲とを比較しました.その中で,津波堆積物の位置まで浸水する津波を発生させる地震のモデルが,貞観地震のモデルとして適当なものと考えました.貞観津波を発生させた地震の断層モデルとしては,以下のものを考えました.

このうち,プレート内正断層地震については,走向は日本海溝に平行な202° とし,傾斜角45° で西に傾く断層面を仮定しました.断層の長さ200 km,幅50 km,上端が日本海溝のやや東側の海底(深さ0 km)に位置し,すべり量は5 m としました.津波地震については,プレート境界浅部の普段は地震活動が低いところがすべることによって発生すると仮定し,走向は202° で沈み込む太平洋プレートに沿って傾斜角18° の逆断層とし,断層の長さは200 km,幅は50 km(深さは海底から15 km まで),すべり量は5 m としました.仙台湾内の断層については,嵯峨渓逆断層群に沿って長さ40 km,幅20 km,傾斜角45°,すべり量5 m の逆断層を仮定しました.プレート間地震については,プレート境界の深さ15~50 km 程度の地震発生帯における断層運動と考えられていることから,日本海溝に平行になるよう走向を202° とし,地震活動に対応するように傾斜角を18°,断層上端の深さを15 km,31 km の二通り,断層の幅を50 km,100 km の二通りを検討しました.これらのモデルについては,断層の長さは200 km,すべり量は5 m としました.この他,断層の長さを300 km としたもの,断層の長さ及び幅を100 km ,すべり量を10 m としたもの,断層の長さ200 km,幅100 km ですべり量を7 m としたものなども試しました.これらの地震の規模は,Mw=8.1~8.4 程度となります(仙台湾内の活断層のみMw=7.3).こうした断層モデルの検討の結果,断層の長さ200 km,幅100 km,すべり量7 m のプレート間地震のモデル(Mw 8.4)の時に津波堆積物の分布限界と計算上の浸水範囲が一致することがわかりました(Sawai et al., 2012).

貞観地震の波源を推定する際に検討した断層モデルの例(1).佐竹ほか(2008)を改変.

貞観地震の波源を推定する際に検討した断層モデルの例(1).佐竹ほか(2008)を改変.

貞観地震の波源を推定する際に検討した断層モデルの例(2).佐竹ほか(2008)を改変.

貞観地震の波源を推定する際に検討した断層モデルの例(2).佐竹ほか(2008)を改変.

 

貞観津波と2011年東北地方太平洋沖地震による津波

2011年東北地方太平洋沖地震が発生した後,産業技術総合研究所による貞観津波の研究に注目が集まりました.そのなかで「貞観と2011年の地震はどちらが大きいのか?」ということが,しばしば議論されました.実は,この問題については,まだ解決できていません.以前から指摘されていることですが,津波による(海水の)遡上限界は,津波堆積物の分布域より内陸におよぶことが多くあります.この分布の違いを説明できる決定的なモデルは未だ提案されておらず,議論の余地が残されています.また,私たちの調査は,宮城県南部~茨城県北部に限られていましたが,貞観地震の破壊領域を復元するためには,さらに広範囲の調査結果が必要です.

引用文献

阿部 壽・菅野喜貞・千釜 章(1990)仙台平野における貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定.地震2輯,43, 513-525.

Minoura, K. and Nakaya, S. (1991) Trances of tsunami preserved in inter-tidal lacustrine and marsh deposits: some examples from northeast Japan. Journal of Geology, 99, 265-287.

佐竹健治・行谷佑一・山木 滋(2008)石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション.活断層・古地震研究報告,8,71-89.

Sawai, Y., Namegaya, Y., Okamura, Y., Satake, K., Shishikura, M. (2012) Challenges of anticipating the 2011 Tohoku earthquake and tsunami using coastal geology. Geophysical Research Letters, 39, DOI:10.1029/2012GL053692

菅原大助・箕浦幸治・今村文彦(2001)西暦869年貞観津波による堆積作用とその数値復元.津波工学研究報告,18,1-10.